言語化とは何か|英語学習が続かない本当の理由と、自分の内側にあるもの
英語の勉強が続かない理由を、多くの人は「意志が弱いから」「時間がないから」「いい教材に出会えていないから」と考えます。
でも、長年英語を教えてきた現場で見ていると、続かない人に共通していることがあります。
「なぜ英語を学ぶのか」が、自分の言葉になっていない人です。
「英語できたらかっこいい」から始まっていい
英語を学び始めたきっかけは、なんでもいい。
「英語できたらかっこいいじゃん」でいい。「海外ドラマを字幕なしで観たい」でいい。「外国人に話しかけられたとき、ちゃんと返せるようになりたい」でもいい。
最初の動機は、軽くていい。むしろ、重たい理由より軽い理由のほうが、始めやすい。「英語できたらかっこいい」という感覚は、英語への興味の入口として、十分すぎるくらい十分です。
問題は、その先にあります。
「かっこいい」という感覚だけで走り続けると、どこかで息切れします。「かっこいい」はゴールではなく、入口だからです。入口から中に入ったとき、「自分はここで何を目指しているのか」が見えないと、迷子になってしまう。
「英語できたらかっこいい」という感覚を、もう少しだけ掘り下げてみる。「かっこいい」の先に何があるのか。英語ができるようになった自分は、何をしていて、どんな気持ちでいるのか。
その問いに答えようとすること。それが言語化の始まりです。
言語化とは何か
言語化とは、自分の内側にあるものを言葉にする作業です。
感覚、感情、価値観、願望。これらは最初、言葉になっていません。「なんとなくこう感じる」「なんとなくこうなりたい」という、形のない状態で自分の中に存在しています。
この「なんとなく」を言葉にすること。それが言語化です。
言語化できると、何かが変わります。ぼんやりしていたものに輪郭が生まれる。追いかけるべきものが見えてくる。「なんとなく」が「これだ」になる瞬間が来る。
逆に、言語化できていないものは追いかけられません。ゴールが見えない旅は、途中でやめてしまいやすい。英語学習が続かないのは、その旅のゴールが言語化されていないからです。
「英語を学んだ先の自分」を描けているか
少し立ち止まって、考えてみてください。
英語が使えるようになった自分は、何をしていますか?
どこにいますか?誰と話していますか?何を書いていますか?どんな表情をしていますか?
この問いに、具体的なイメージで答えられる人と、答えられない人がいます。
答えられる人は、続きます。イメージが鮮明であればあるほど、そこに向かう力が生まれる。「あの景色にたどり着きたい」という感覚が、しんどいときの踏ん張りになる。
答えられない人は、続きにくい。ゴールがぼんやりしていると、途中で「これって意味あるのかな」という疑問が生まれやすい。その疑問に答えられないまま、英語学習はフェードアウトしていきます。
「英語を学んだ先の自分」を描くこと。これが言語化の、最初の仕事です。
自分と向き合うことが、すべての出発点
「英語でどうなりたいのか」「英語を通じてどうありたいのか」。
この問いに答えるには、自分と向き合うことが必要です。
誰かに見せるための答えではなく、自分の内側から出てくる答えを探すこと。「できたほうがいい」という社会的な正解ではなく、「私がこうなりたい」という個人的な本音を言葉にすること。
これは簡単ではありません。自分と向き合うことは、思っているより時間がかかります。「本当に自分がやりたいことは何か」という問いは、すぐに答えが出るものではない。
でも、ここを避けて通ると、英語学習は「こなすもの」になってしまいます。こなすものは、しんどくなったときにやめられる。自分ごとになっているものは、しんどくても続けられる。
どこまでも自分ごとにしないと、変わらない。これは英語学習だけでなく、何かを学ぶすべてのことに言えることだと思います。
自分の意見を持つことが、なぜ大事なのか
英語文化には、日本語文化と根本的に違うことがあります。
「自分は何者か」「どういう人間か」が、最初から前提としてあることです。
日本語の文化では、自分というものは「場」や「関係性」の中で決まっていきます。会社の中での自分、家族の中での自分、友人の中での自分。その場その場で、自分の立ち位置が変わる。「空気を読む」「場に合わせる」ことが自然なこととして求められます。
英語文化は違います。「自分は何者か」を自分で定義して、言葉で表明することが前提になっています。初対面の人に「What do you do?」と聞かれたとき、英語話者は自分を言葉で定義することに慣れています。「I’m a writer who writes about Japanese culture.」「I’m a mother who is also learning English.」。自分が何者かを、自分の言葉で持っている。
英語で発信しようとするとき、この「自分は何者か」が言語化されていないと、発信する軸が定まりません。何を書いていいかわからない。誰に向けて書いているかわからない。書いても「自分らしくない」という感覚が残る。
「自分は何者か」を言語化すること。これが英語で意見を持ち、発信していくための、一番手前にある仕事です。
意見とは、「自分はこう思う」という立場のことです。でもその「自分」が誰なのかが曖昧なままでは、意見も曖昧になります。「私は40代の主婦で、日本の暮らしの細部が好きで、それを外の世界に届けたいと思っている人間だ」と言語化できた瞬間に、書くべきことが見えてきます。
日常の中で感じたこと、気になったこと、腑に落ちなかったこと。これらに「なぜ?」を一つ加えるだけで、意見が生まれてきます。
「今日のお弁当、なんかうまくいかなかった」→「なぜうまくいかなかったのか」→「色のバランスが悪かった」→「日本のお弁当って、色にこだわる文化があるよな」→「それって誰が決めたんだろう」。
この連鎖が、意見になります。そして意見が、コラムになります。
自分が何者かを知っていること。自分の意見を持てること。この2つが揃ったとき、英語で発信することの意味が生まれます。それは英語学習の話だけでなく、自分がどう生きるかという話でもあります。「私はこういう人間だ」と言える人が、「私はこう思う」と言語化できる人になる。言語化できる人が、英語で自分の言葉を届けられる人になっていきます。
言語化した瞬間に、景色が変わる
「英語を学んだ先の自分」が言語化できた瞬間、何かが変わります。
勉強が「やらなければいけないもの」から「あの景色にたどり着くための手段」に変わる。単語を覚えることに意味が生まれる。文法を理解することに理由が生まれる。
そして、英語が身についていくにつれて、実際に景色が変わっていきます。
読める記事が増える。伝えられることが増える。届く人が増える。自分の言葉が、日本語の外に出ていく。
その景色は、言語化した人にしか見えません。「なんとなく英語を学んでいる」人と、「英語を通じてこうなりたい」と言語化できた人では、1年後、3年後に見えている景色がまったく違います。
英語コラムを書くことは、言語化すること
最後に一つだけ。
英語コラムを書くという行為は、言語化そのものです。
自分の内側にある経験、感情、視点を言葉にして、英語という形で外に出す。それが英語コラムです。
だから英語コラムを書いている人は、言語化力が上がっていきます。書くたびに、自分の内側にあるものが少しずつ言葉になっていく。書くたびに、「自分はこう考えていたのか」という発見がある。
英語を学ぶことと、自分の内側を言語化することは、切り離せません。英語の先にある景色は、自分の内側を掘り下げた人にしか見えない景色です。
「英語を学んだ先の自分」を、まだ言語化できていないなら、今日それを考えてみてください。答えはすぐに出なくていい。でも、その問いを持ち始めた瞬間から、英語学習の意味が変わっていきます。
「英語できたらかっこいい」から始まっていい。でもその先に、自分だけの答えを見つけてほしい。その答えが、あなたの英語を、あなただけの言葉にしていきます。
英語を通じて自分の言葉を世界に届けたいという方は、Write Up Labの養成講座をのぞいてみてください。
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