WRITER’S STORY vol.3|「私だけ、何もない」——海外に帯同した私が、英語エッセイで見つけた「ここにいる理由」

2026.09.22
Voice

Makiさん(経理職・ママ・海外在住)|認定エッセイストインタビュー

グローバルエッセイスト養成講座を修了し、実際に英語エッセイを書き続けているライターたちのストーリーをお届けします。

長く経理の仕事をしてきたMakiさん。英語が必要な部署ではなく、仕事で困ったことは一度もなかった。
それでも、東京で外国の人に道を聞かれるたびに「英語、喋れたらいいな」と思っていたと言います。
そんな彼女を動かしたのは、夫の海外赴任でした。しかも行き先は、英語圏ではありません。

「ここで話せなきゃ、一生話せない」
そう覚悟を決め、退職と繁忙期が重なる人生でいちばん忙しい時期に一歩を踏み出したMakiさんは、日本を発つ前日、成田空港のホテルの部屋から最初の卒業エッセイを世界へ送り出しました。
彼女が自分の居場所と言葉を取り戻した軌跡を伺いました。

「喋れたらいいな」で、終わっていた理由

受講前、英語に対してどんな気持ちを持っていたのか。
Makiさんは、学生時代に文法の授業でつまずいた記憶が「トラウマじゃないですけど」と言うほど残っていた、と振り返ります。

それでも東京で暮らしていれば、外国の人に道を聞かれることはあります。
そのたびに「あ、英語喋れたらいいな」と思った。何度も思った。けれど、そこで終わっていた。
「多分そのままで終わってたと思うんですよ」
経理の仕事に英語は必要なく、日常でも困ることはない。「あったらいいな」だけでは、人は動けなかったのです。

話せないまま、会いに行った

一度だけ、動いたことがありました。
出産後の育休中、子どもの英語教育を考えるうちに自分も学び直し、アプリで知り合った海外の人に、実際に会いに行ったのです。
「会わないと後悔すると思って、話せないけど会いに行った」

結果は厳しいものでした。世間話ができない。相槌も打てない。話が広がらない。何度か悔しい思いをしたと言います。
そこで気づいたのは、これは単語量の問題ではない、ということでした。
「自分の気持ちを話すってことは、基本的な文法だけじゃできない」
伝えたい中身を自分の言葉で組み立てる訓練を、一度もしてこなかった。この気づきが、後の選択を決めることになります。

英語圏ではない国へ、英語で備えた

状況が変わったのは、夫の海外赴任が決まったときでした。行き先はベルギー、使われているのはフランス語。
「これはまずい、とちょっと焦って」というのが、当時の感覚だったそうです。

普通なら、ここで英会話に申し込みます。でもMakiさんが選んだのは、英語エッセイを書く講座でした。
日常会話は現地の人へのリスペクトとしてフランス語で通したかったこと。そして、会話練習の行き着く先は「お店には行ける」止まりだと感じていたこと。
ほしかったのは、自分の中にある思いを言葉にして出せる状態のほうだったと言います。

迷いがなかったわけではありません。受講料は一括、育児との両立、1年後に控えた引っ越し。
「日本語でコラムを書いたこともないのに、英語でコラムなんて果たして書けるのか」という根本的な不安もありました。
それでも踏み出せたのは、目的がはっきりしていたからです。
「日本語から完全に離れる世界に行って、ここで話せなきゃ多分一生話せない」
動機は、「英語ができるようになりたい」ではなかったのです。

卒業コラムを送ったのは、成田空港のホテルだった

申し込んだのは2月。ただ、開始は5月に延ばしてもらったそうです。
仕事の繁忙期と退職が重なり、手に負えない状態だったからでした。

そして講座の最後、卒業コラムを送ったのは、日本を発つ前日、成田空港のホテルの部屋から。
翌日、飛行機に乗り、移動している間にコラムは公開されました。到着して開いたときには、もう載っていたと言います。
「掲載されている喜びと、無事やり遂げられた達成感。すごくほっとしたっていうのが正直なところです」

Makiさんは、準備が整ってから始めたわけではありませんでした。退職と繁忙期が重なった時期に申し込み、引っ越しの前日に仕上げています。

「私だけ、何もない」がなくなった

ベルギーでの生活が始まって、Makiさんはあることに気づきます。
朝になると、子どもは学校と幼稚園へ、夫は仕事へ向かう。
「それぞれ行くところがあって、学ぶ場所があって、目的があってここにいるのに、私だけ何もない」

海外赴任への帯同は前向きな言葉で語られやすいですが、その内側には、この感覚があります。誰も悪くないし、困ってもいない。ただ、自分だけが宙に浮いているような焦燥感。
そこに、書く時間がありました。

今では「他に何も考えずに集中できる、いい時間になってる」と言います。カフェに行くときも必ず勉強道具を持ち、書ける店を探して入る。育児の合間に凝縮された、唯一の自分時間です。
見えるものも変わりました。日本と違う、と感じて終わっていたことに、「なぜこの人たちはこう動くのか」と踏み込むようになった。
すると、日本の良さのほうがかえってよく分かるようになったそうです。

受講前、Makiさんは「自分にできるかな、できる気がしない」と感じていました。憧れで終わっちゃうのかな、とも。
その人が今、日本から遠く離れた場所で、自分の名前で書いています。

お話を伺っていて印象に残るのは、準備が整ってから始めたわけではない、ということでした。
退職と繁忙期が重なった時期に申し込んで、引っ越しの前日に卒業コラムを仕上げている。人生でいちばん忙しい時期です。

「落ち着いたら始めよう」と思っている方は、きっと多いと思います。でも、落ち着く日はなかなか来ません。
むしろ、いちばん忙しい時期にしか始められないのかもしれない。Makiさんの話は、そう教えてくれます。

Makiさんにとって英語は、自分の居場所をつくるための言語でした。
異国で「ここにいる理由」を、自分の手で作る。その鍵が、書くことだったのだと思います。


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