「英語、できるんですか?」
そう聞かれた瞬間、言葉に詰まる。
「いえ、全然」と答えてしまう。本当は、10年以上やってきた。参考書も何冊も終わらせた。英会話にも通った。海外のサイトは読める。海外旅行だってなんとかなる。
それでも、「できます」とは言えない。
言ったあとで、少し後ろめたくなります。謙遜のつもりでもなく、本当にそう思っているから。
この感覚には、はっきりした理由があります。しかも、その理由は英語力ではありません。
「英語ができる」を、会話力だけで測っていませんか
「英語できますか」と聞かれたとき、頭に浮かぶのは、たいてい会話の場面です。
- ネイティブに囲まれた打ち合わせで、話についていく
- 早口で話しかけられて、すぐ返す
- 冗談を言われて、笑って切り返す
この場面を思い浮かべて、「無理だ」と判断する。だから「いえ、全然」と答えます。
でも、ここで見落とされていることがあります。
読めることも、書けることも、「できる」に入っていません。
英語のニュースを読める。海外のレビューを読んで判断できる。英語のメールを書いて用が足りる。どれも立派に「英語ができる」ですが、多くの人が自己判定から外しています。
「英語ができる=話せる」。この等号が、そもそもの原因です。
4つあるうちの1つ、しかもいちばん難しい1つだけを取り出して、それで全部を判定している。これでは「できます」と言えるはずがありません。
しかも、比べる相手がネイティブになっている
もうひとつ、基準の問題があります。
「話せる」の中身をよく見ると、「通じるかどうか」ではなく「ネイティブとやり合えるかどうか」になっていることが多い。
相手のスピードについていけるか。言い返せるか。空気を読んだ言い回しができるか。
この基準だと、ほぼ全員が「できない」に入ります。日本で暮らしながら、ネイティブとやり合えるところまで持っていける人は、そう多くありません。
日本語で考えると、おかしさがわかります。日本語ができるかどうかを、アナウンサーや落語家と比べて判断する人はいません。それでも英語になると、いきなり最上位と比べ始めます。
そして実際のところ、世界で英語を使っている人の大半は、英語が母語ではありません。やり合う相手として想定しているネイティブは、あなたが英語を使う場面には、あまり出てきません。
口を開く前に、いつも確認してしまう
もうひとつ、大きいものがあります。
「この言い方で合っているだろうか」。そう考えているうちに、会話は次の話題に進んでいる。言おうとしたことは、言えないまま終わる。
これを「自分が引っ込み思案だから」と考える人がいますが、たぶん違います。
日本で受けた英語教育は、間違いを見つけて引く形でした。テストは減点。合っている部分にも点はつきますが、返ってきた答案で目に入るのは赤ペンのほうです。
それを何年も繰り返すと、英語を使う場面が「評価される場面」として体に入ります。だから、口を開く前に身構える。
怖いのは、性格のせいではありません。そう訓練されたからです。
真剣に勉強してきた人ほど自信がない
英語を真剣に勉強してきた人ほど、自信がない。あまり勉強していない人のほうが「まあ、なんとかなる」と言う。
理由は単純です。勉強すると、自分が知らないことの量が見えるようになるからです。
文法を学べば、使いこなせていない構文が見える。単語を増やせば、まだ知らない単語の多さが見える。ネイティブの表現を知れば、自分の英語がいかに教科書的かがわかる。
勉強していない人には、この景色が見えていません。だから不安にならない。
勉強すればするほど、「できていないところ」の解像度が上がる。
だから、実力が上がるほど、自信は下がることがある。
自信は、2つのことから増えます
ここで、多くの人が「もっと勉強すれば自信がつくはずだ」と考えます。
半分は当たっています。ただ、もう半分は間違いです。
① 勉強 ── 積み上げた分だけ増えます
文法の仕組みがわかる。単語が増える。発音の型を知る。これは、やった分だけ確実に自信になります。
中学英語を並べ直せば、書くときに迷う回数が減ります。単語が増えれば、読める記事が増える。手ごたえが、そのまま積み上がっていきます。
そして、勉強している人にはちゃんと目的があります。
試験に受かりたい。資格を取りたい。仕事で必要な点数がある。海外の情報を読めるようになりたい。目的があるから続けているのであって、勉強すること自体が目的になっている人は、そう多くありません。
英語の場合、目的として多いのは試験や資格です。そしてその目的が達成されれば、それは間違いなく自信になります。目標点を取った人が誇るのは、当然のことです。
② 場数 ── 失敗も含めた回数です
もうひとつは、実際に使った回数です。
ここを勘違いしやすいのですが、成功した回数ではありません。失敗も含めた、回数のほうです。
- 言いたいことがうまく言えなかった
- 聞き返された
- 伝わらなくて、言い直した
- 書いた英語を直された
どれも失敗です。でも、そのあと、何も起きませんでした。誰にも笑われていないし、関係も壊れていない。
これが積み重なると、怖さが減っていきます。
「間違えたら怖い」が外れるのは、うまくいった経験ではありません。失敗しても大丈夫だった回数です。だから、場数を踏んだ人は強い。うまくいった数ではなく、打席に立った数が効いています。
どちらも要ります
①だけだと、知識はあるのに使う場面で固まります。②だけだと、通じてはいるけれど、なんとなく不正確なままになる。
片方では足りません。両方あって、はじめて「できます」と言えるようになります。
そして、日本で英語をやってきた人の多くは、①は十分にあって、②が極端に少ない。
理由ははっきりしています。使う場面が、生活の中にないからです。意識して作らないかぎり、打席に立つ機会は一度も来ません。
①は、勉強で増える。
②は、打席に立った回数で増える。失敗した回数も入る。
足りていないのは、たいてい②のほうです。
まず、自分の「自信がない」を分解する
「英語に自信がない」は、そのままだと動けません。言葉が大きすぎて、何をすればいいかが決まらないからです。
紙でもスマホのメモでも構いません。2つ書き出してみてください。ここが、いちばん効きます。
① 何のために英語をやっているのか
試験に受かりたい。仕事で必要。海外の情報を読めるようになりたい。旅行で困りたくない。誰かに何かを伝えたい。
どれでも構いません。ただ、ここが曖昧なまま続けると、いくらやっても「まだ足りない」が消えません。
ゴールを決めていないので、到達したかどうかを判定できないからです。判定できないものは、いつまでも「途中」のままになります。
② 「自信がない」の、どこに自信がないのか
「英語」とひとまとめにせず、細かく分けます。
| どこに自信がないか | 実際に起きていること | 効くこと |
|---|---|---|
| 話すこと | 知識はあるのに、口から出ない。その場のスピードについていけない | 先に書く。時間をかけて英語を組み立てる経験を積んでから話す |
| 書くこと | これで合っているのか分からず、送信ボタンが押せない | 型を1つ持つ(PREPなど)。ツールで確認してから出す |
| 読めているか | 意味は取れている気がするが、合っているか確かめられない | 同じ記事の日本語版と読み比べる。答え合わせができる素材を選ぶ |
| 実力そのもの | できているのかいないのか、判断する材料がない | 数えられる指標を持つ。試験や検定は、この用途になら有効 |
| 間違えること | 合っていても不安。人に見られる場面で固まる | 失敗しても何も起きない場所で、回数を重ねる |
分解すると、捨てていい不安が見つかります
この2つを並べると、こういうことが起きます。
目的は「海外の情報を英語で読めるようになりたい」。
でも、自信がないのは「話すこと」。
このとき、話す不安は、放っておいて構いません。目的に関係ないからです。
「英語ができる=話せる」で判定していると、目的と関係のない不安まで、まとめて抱え込みます。そして、その不安は一生解消しません。取り組んでいないのだから、当然です。
分解すると、向き合うべき不安と、置いていっていい不安が分かれます。これだけで、かなり軽くなります。
40代・50代の学び直しで多いのは、「間違えること」と「実力そのもの」の2つです。
そして、この2つは勉強を足しても解決しません。足りないのは知識ではなく、打席の数だからです。
そのうえで、会話でなくてもいいという選択肢
分解して、②の場数が足りないと分かったとします。では、どこで打席に立つか。
ここで思い出してほしいのが、最初に挙げた3つです。自信を止めているのは、これでした。
- 会話力だけで、英語力を判定している
- 比べる相手が、ネイティブになっている
- 間違えるのが怖い
会話で②の場数を踏もうとすると、この3つ全部と正面からぶつかります。いちばん打席に立ちにくいところを選ぶことになる。
ところが、書くことを選ぶと、3つとも外れます。
| 話す | 書く | |
|---|---|---|
| 反応のスピード | その場で返す必要がある | 考える時間がある |
| 間違い | その場で人に見られる | 出す前に直せる |
| 道具 | 使えない | 辞書もツールも使える |
| 比べる相手 | 目の前のネイティブ | いない。自分の文章だけ |
| 返ってくるもの | その場の反応 | コメント、返信、記録として残る |
書くことは、「間違えたら怖い」が発動しない場所です。時間をかけていい。調べていい。直していい。
それでいて、外に出せば反応は返ってきます。いちばん低いハードルで打席に立てるのが書くことです。しかも1本ごとに記録が残るので、場数が目に見えて増えていきます。
今日から変えられること
「話せるか」で判定するのをやめる
「英語できますか」と聞かれたら、こう答えてみてください。
「話すのはまだですが、読むのは問題ないです」
「書くほうなら、なんとかなります」
嘘をついているわけではありません。今まで、正確に答えていなかっただけです。
比べる相手を、過去の自分にする
ネイティブと比べるのをやめて、1年前の自分と比べます。
1年前は読めなかった記事が読める。1年前は聞き取れなかったフレーズが聞こえる。この比べ方なら、必ず前進が見えます。
できたことを、その日のうちに記録する
ノートでもスマホのメモでも構いません。3行で足ります。
英語のニュースを1本読んだ。7割わかった。
reluctant という単語を覚えた。
海外のレビューを英語で読んで、意味が取れた。
1か月続けると、記録が30行たまります。「できなかったこと」しか覚えていない頭に、「できたこと」の証拠を残す作業です。
自己評価が低い人ほど、これが効きます。記憶ではなく、記録で判断できるようになるからです。
不完全なまま、外に出す
完璧になってから出そうとすると、永遠に出せません。完璧の基準が、勉強するたびに上がっていくからです。追いつくことはありません。
そうではなく、80点で出す。出すこと自体が1回の場数になります。反応が返ってくれば、なおさらです。
順番が逆なのです。自信がついてから使うのではなく、使ったから自信がつく。
自信がないまま始めた人が、いちばん変わります
「私の英語で大丈夫でしょうか」
英語で書き始める人が、最初に言う言葉です。ほぼ全員が言います。
そして、そう言っていた人ほど、半年後の変化が大きい。
理由は2つあります。ひとつは、自信がない人ほど丁寧に書くから。不安なぶん何度も見直すので、文章の質が上がります。
もうひとつは、①がすでに十分にあるから。知識はもう持っている。足りなかったのは打席の数だけなので、立ち始めると一気に変わります。
「中学英語しかありません」と言っていた人が、半年後に海外の読者からコメントをもらう。そういうことが実際に起きています。
日本で暮らしている自分の視点を、英語で書いて海外の読者に届ける。この書き手のことを、Write Up Lab ではグローバルエッセイストと呼んでいます。ネイティブとやり合う仕事ではありません。書いたものが読まれるかどうかで決まる仕事です。
だから、会話に自信がないことは、始めない理由になりません。
まとめ
- 英語に自信がないのは、「英語ができる=話せる」で判定しているから。読める・書けるが自己評価に入っていない
- しかも、比べる相手がネイティブになっている。この基準なら、ほぼ全員が「できない」に入る
- 「間違えたら怖い」は性格ではありません。減点式の教育で身についたもの。怖くならない場所から使い始めれば外れます
- 自信は2つから増える。①勉強(やった分だけ確実に増える。試験や資格という目的も含めて)②場数(失敗も含めた回数。打席に立った数)。どちらも要ります
- 日本で英語をやってきた人は、①は十分で②が極端に少ない。使う場面が生活の中にないから。会話で場数を踏もうとすると、いちばん立ちにくい打席を選ぶことになる。書くことなら、3つの壁が全部外れます
- まず分解する。「何のために英語をやっているのか」と「どこに自信がないのか」を書き出すと、目的に関係のない不安は捨てられます
- そのうえで、「話せるか」で判定しない/過去の自分と比べる/できたことを記録する/不完全なまま出す
「英語、できるんですか?」と聞かれて、「いえ、全然」と答えてしまう。
その答えは、たぶん正確ではありません。話せるかどうかだけで、答えを出していただけです。