言いたいことは、はっきりしています。
遠くから来てくれた友人が、もう帰ると言う。そのときに出てくる、この一言。
「せっかく来たんだから、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
これを英語にしようとして、止まります。「せっかく」が、ない。辞書を引くと、長い説明が出てくる。「ゆっくりしていけば」も、slowly ではない気がする。「いいのに」は、どこに行ったのか。
3分後、翻訳アプリに入れます。出てきた英語は、たぶん正しい。でも、読んでも自分の言葉だという気がしない。次に同じ場面が来ても、また打ち込むしかない。
この記事は、ここで起きていることの理由と、直し方を書きます。先に結論を言うと、直すべきは英語ではありません。日本語のほうです。
止まっているのは、英語に入る前です
「英語にすると、うまくいかない」には、2つの種類があります。
- 英語にしようとして、止まる(言葉が出てこない)
- 英語にはなったが、変になる(通じない、または自分の言葉ではない)
どちらも「英語力が足りない」と片づけられがちです。ただ、その説明では辻褄が合わないことがあります。単語も文法も知っているのに止まる場面が、いくらでもあるからです。「せっかく来たんだから」の文に、知らない単語は一つもありません。
止まっているのは、英語に入る前です。元の日本語が、英語にできない形をしている。そこで詰まっています。
日本語の文には、英語にできない3つの癖があります
ふだん話している日本語には、英語に持っていけない癖が3つあります。ふだんは便利なので気づきません。英語にしようとした瞬間に、全部が壁になります。
癖① 誰がやるのか、書いていない
「せっかく来たんだから、ゆっくりしていけばいいのに」。この文に、人がひとりも出てきません。来たのは相手で、ゆっくりしてほしいと思っているのは自分です。日本語では言わなくても通じます。英語では、誰が来て、誰が思っているのかを言わないと、文が始まりません。
この「主語がない」問題については、別の記事で日本語と英語の構造の違いとして詳しく書いています。ここでは、直し方の側だけを扱います。
癖② 気持ちが、一語に圧縮されている
「せっかく」「なんだか」「余裕がない」「距離を置きたい」「雰囲気がいい」。
どれも、一語の中にいくつもの意味が畳み込まれています。「せっかく」は、「あなたは遠くから来た」「時間を使ってくれた」「だから短い滞在ではもったいない」まで含んでいる。英語にはこの圧縮された一語がないので、辞書を引くと長い説明が返ってきます。訳せないのではなく、一語に見えて一語ではないのです。
癖③ 出来事ではなく、状況だけを言う
「この店、雰囲気がいいよね」。「最近、なんだか疲れが取れない」。
これらは、何が起きたかを言っていません。全体の空気を、まとめて言っています。日本語はこれで通じます。英語は「何が起きたか」を並べる言語なので、状況をそのまま渡すと、書くことがなくなります。
ここまで読むと、はっきりすると思います。英語ができないのではありません。日本語が、英語の形をしていないだけです。そして、日本語の形を変えることは、英語力とは関係なく、今日からできます。
直し方:英語にする前に、日本語を言い換える
やることは、順番を1つ足すだけです。
日本語 → 英語にしやすい日本語 → 英語
真ん中の段階で、3つの癖を1つずつ外します。「誰が」を足す。圧縮された言葉をほどく。状況を出来事にする。実際にやってみます。
例1「せっかく来たんだから、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
言い換え:あなたは遠くから来た。私は、あなたにもっと長くいてほしい。
You came a long way. I want you to stay longer.
「せっかく」は消えました。代わりに「遠くから来た」という事実と、「もっといてほしい」という自分の気持ちが、別々の文になっています。英語は中学1年のレベルです。
例2「この店、雰囲気がいいよね」
言い換え:この店は静かだ。照明が暗い。私はここにいると、リラックスする。
This café is quiet. The lights are soft. I feel relaxed here.
「雰囲気」を訳そうとすると atmosphere が出てきて、そこから先が続きません。「雰囲気がいい」と自分が感じた理由を、3つの出来事に分けると、3文になります。しかも、読んだ人にはその店の様子が見えます。
例3「最近、なんだか疲れが取れない」
言い換え:私は毎晩7時間寝る。でも朝、まだ疲れている。
I sleep seven hours every night. But I am still tired in the morning.
「なんだか」は英語にできません。できなくて構いません。「なんだか」が指していた中身を、「寝ているのに疲れている」という出来事に置き換えれば、言いたかったことは全部乗っています。
3つの例に共通することがあります。増えたのは英単語ではなく、日本語を分解する手間だけです。英語は全部、中学英語のままです。
翻訳アプリと、何が違うのか
翻訳アプリも、正しい英語を返してきます。「せっかく来たんだから」を入れれば、since you came all this way のような表現が出てくる。間違いではありません。
違うのは、そのあとです。アプリは「せっかく」を英語の表現に置き換えます。自分でやる言い換えは、「せっかく」の中に何が入っていたかを、自分で取り出します。前者は次の場面でまた打ち込むことになり、後者は次の場面で自分の口から出ます。
だから順番はこうです。先に自分で言い換えて、書く。それからアプリや対話型のAIに渡して、「もっと自然な言い方はありますか」と聞く。逆の順番だと、英語は正しくなっても、自分の中には何も残りません。
言い換えると、本音に近づきます
「翻訳すると、自分の文章じゃなくなる気がする」という声をよく聞きます。実は、言い換えの作業をすると、逆のことが起きます。
「せっかく来たんだから、ゆっくりしていけばいいのに」を分解したとき、出てきたのは「もっといてほしい」でした。日本語で話しているときは、ここまで言っていません。「せっかく」という言葉が、気持ちを包んで隠していたからです。英語にしやすい形に直すと、包みが外れて、本音のほうが先に出てきます。
英語で書くと、日本語より正直になる。この経験をした人は少なくありません。理由は、英語が特別だからではなく、英語にする前に、自分の言葉を一度ほどくからです。
ほどいた日本語は、そのまま材料になります
「この店は静かだ。照明が暗い。私はここにいると、リラックスする。」
この3文は、英語の練習のために作ったものでした。でも読み返すと、これはもう、その店についての短い文章です。あと2〜3文足して、なぜこの店に通うのかを書けば、日本に来たことがない人が読める文章になります。
日本で暮らしている自分の日常を、こうやってほどいて、英語にして、海外の読者に届ける人のことを、Write Up Lab ではグローバルエッセイストと呼んでいます。特別な英語力があるわけではありません。この「言い換えの段階」を、飛ばさない人です。
英語にすると止まるのは、あなたの英語のせいではありません。日本語のほうを、まだほどいていないだけです。
まとめ
- 英語にして止まるのは、英語に入る前。元の日本語が英語にできない形をしている
- 日本語の癖は3つ。誰がやるか書いていない/気持ちが一語に圧縮されている/状況だけで出来事がない
- 直し方は、日本語 → 英語にしやすい日本語 → 英語。真ん中を1段足すだけ
- 増えるのは英単語ではなく、分解の手間だけ。英語は中学レベルのまま
- 翻訳アプリは「先に自分で言い換えてから」使う。順番が逆だと残らない
- 言い換えると、本音に近づく。ほどいた日本語は、そのままエッセイの材料になる
ずっと勉強してきたのに、英語で自分の意見だけは言えない。そう感じている人は、言葉の問題ではないかもしれません。→ 英語で自分の意見が言えない人へ|それは性格の問題じゃない
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